兄からメールが入った
30分前に祖母は旅立った
祖父のもとへ
ボクのまだ知らない
旅へ出た
ボクは今どうしていいのかわからない
電車もない、車もない
300km先の病院へどうして向かったらいいのだろう
走っていくべきなのか
ボクは非力だ
どうしようもなく臆病だ
大切な祖母のもとへ行く手段を考えている
3年前にボクは福知山の職業訓練校へ通っていた
そのとき
祖母の家に居候することになった
26歳で祖母と同居
思春期ではないから恥ずかしいという感情はなかったが
体の不自由な自分のことはさておき
人のことを心配し、気にかけてくれる優しい祖母だった
だから、少し戸惑いはあった
身内とはいえ今まで生活をともにしたことがなかったので
どうしていいかわからない部分と
力になってあげたい、楽しんで生活をしたい
でも、実際生活をしてみて悩んだこともいっぱいあった
ボクへの思いやりは大きい
だから悪く言えばお節介というほど気にかけてくれる
それが本当はいいところなんだけど
その思いやりを断っては、
祖母の楽しみを奪ってしまったのかと考えたこともある
祖父がなくなってからもうだいぶ経つ
大きな家を痛い足をこらえながら一人で守ってきた
小さいと思っていたが畑の面倒を見てみると大変だった
土に肥料をあげたり、水をやったり
梅雨のころになるといっせいに雑草が生長し
刈っても、刈ってもいたちごっこ
田舎をなめていたら痛い目にあった
何年も一人であの家にいた
誰もいないあの広い家で、冬の寒い夜に
ストーブの前で一人で食べる食事
どんなご馳走さえも寂しく感じさせる
どんなものを食べたとしても決して美味しくなかっただろう
なす、ピーマン、人参、じゃが芋、ブロッコリー
トマト、オクラ、枝豆、サツマイモ、里芋、大根、白菜
水菜、壬生菜・・・
農業の先輩である祖母
寝室の窓から眺めては
肥料がなりないとか畝が低いとか
体は自由でない代わりにその目は衰えていない
少し黙ってて、なんて思ったりもしたけど
出来た野菜を料理して
『美味しい、よう出来たなー』なんて言われると
とても嬉しかった
本当なら全部食べて欲しかった・・
そんな共同生活も半年で終わってしまった
あの時のボクの怠け心が彼女の人生を大きく狂わせた
友達のいる家を離れる、ずっと寝食をしてきた家
彼女の周りにある大切なものをすべて奪ってしまったボクの過ち
それからは病院や施設を転々とし
年が年だけに馴染めず、友達もいない
辛い彼女の人生
ボクがずっと面倒を見なければいけなかったが
ボクはそそくさと静岡に来てしまった
そして今、パソコンに向かうだけで何も出来ない
最低なヤツだ
もう少し待ってて、と約束したのに
彼女は行ってしまった
もう二度とない再会
変わってしまった彼女を見るのは辛い
そして会わす顔もない
何よりも
思いでも、匂いも、話し声も
時とともに消え思い出せなくなる日が辛い
ああ、過去に懺悔では終わらない
- 2006/12/07(木) 17:30:19|
- 奇蹟
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